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絵画の歴史を変えたピカソの自己表現、その考え方とは!

投稿日:2016年11月27日 更新日:

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パブロ・ピカソ。

僕の中で史上最も愛する芸術家の一人。

彼は20世紀の美術を革命した。

若くしてして成功に恵まれ、生涯その名声が揺らぐことはなかった。

 

何より革新的で自己の感覚に従ってのみ創造を行った。

女性が変わるたびに作風を変えてゆき、やがて子供のように純粋無垢な絵を描いた。

ピカソは絵画のみならず彫刻、版画、陶芸、舞台装置、衣装、詩作など様々な表現を行った。

 

彼の持つ強烈なまなざしを見れば普通じゃないことはすぐ分かる。

天才の名を欲しいままにした世紀の巨人につい書いていこう。

 

 

 

幼い頃からの英才教育がアカデミックな技術を育んだ。


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パブロ・ルイス・ピカソ(1881年10月25日~1973年4月8日)スペインのマラガに生まれる。

 

父は画家であり美術教師で、ピカソが幼いころから絵を教えていた。

ピカソが最初に覚えた言葉は「ピス、ピス!」(鉛筆とって)だったという。

 

ものごころついたころから絵を描いており、とてもうまかった。

 

かつてモーツァルトが幼いころ音楽家の父の英才教育を受けて上達していったように、ピカソも父からの影響で幼い頃からものすごく絵が上手くなっていく。

 

ピカソはこう言っている。

「私は子供のころからラファエロのように描くことが出来た」

 

ピカソは父の指導のもと、16歳頃にはこのような絵を描いて賞をもらっている。

 

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父は息子の能力を前にして筆を折り、以後絵は描かなくなったとも伝えられている。

 

ピカソが美術学校に入るころには絵の基礎的なことはしっかり身についており、飛び級する。

 

しかしピカソは感じていた。

 

美術学校の無意味さを。

 

 

ピカソはこう言っている。

 

「美をめぐるアカデミックな授業はまやかしである。

我々はごまかされている。

しかもあまり上手くごまかされているので、

一片の真実すら見つけることができない。

大切なのは芸術家が何をするかではなく、彼は誰かということだ。

我々の関心を引き付けるのはセザンヌの不安である。

不安がセザンヌの教訓であり、ゴッホの苦悩もそれに等しい。

これこそ男の真のドラマである。」

 

 

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ピカソは比類なく重要な、そして真実なことを言っている。

 

「大切なのは芸術家が何をするかではなく、彼は誰かということだ。」

 

この言葉の意味を考えたとき、芸術が何であるかが理解できる。

 

僕はこの言葉を初めて読んだとき感銘と同時に衝撃を受けた。

 

世界を変えたパブロ・ピカソが、こう言ったのである。

 

僕はあえてこの言葉の意味を訳さないようにしよう。

 

これを読んでいるあなた自身がどういう意味であるのかを考えてほしいらだ。

 

僕はピカソを語る時、芸術家としてのあまりの魅力に呆然として長大な言葉を必要とするだろう。

 

なのでこのブログではピカソの魅力を何度も何度もお伝えしていく。

 

 

美術の流れを変えたピカソの考え方


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ピカソは芸術の本質を知っていた。

そしてそれを体現していた。

 

彼には表現におけるいかなる規制も存在しなかった。

彼はただ自分にのみ従った。

彼が思うまま、感じるままに対象を変形し表現した。

 

それはとてもインパクトがあった。

彼は上でも言っていたようにセザンヌやゴッホを愛し、影響を受けた。

セザンヌ

セザンヌ

ゴッホ

ゴッホ

セザンヌやゴッホは彼らが生きていた当時、周りからは変な絵を描く頭のおかしい人というレッテルを付けられていた。

 

確かに彼らの絵は異常に突出していた。

個性が突出していたのである。

 

しかし歴史はどちらが正しかったかを証明している。

 

変人とレッテルを張られていた彼らは、美術の歴史を変えたのである。

二人に共通するもの、それは周りが引いてしまうほどの強烈な自己表現であった

 

そしてピカソもまた上の二人と共通していた。

 

ピカソは周りの人と同じことをしなかったのである。

ピカソもまたセザンヌやゴッホのように自分にのみ従った。

 

 

天才芸術家に共通する要素


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ピカソはまだ成功する前、貧乏な頃こう言っていた。

「スペインで最高の画家ピカソ」と。

 

世界を変えるような人に共通する要素がある。

それは自分に対する揺るぎない自信。

 

ゴッホは遠慮がちにこう言う。

「たとえ今私が成功できなくても、必ず私の仕事は受け継がれて行くだろう。」

 

セザンヌはこう言った。

「私は500年に一人の画家である」

 

ゴーギャンは自信満々にこう言う。

「私は偉大な芸術家である。またそのことを熟知している」

 

分野は違うがジョン・レノンはこう言っている。

「僕は12歳の頃から、自分は天才に間違いないと思っていた」

 

画家のサルヴァドール・ダリはこう言う

「天才を演じよ、さすれば天才になる」

 

 

僕は彼らの言葉を見るたびに心から感銘を受ける。

僕はこういう確信を持っている人が大好きだ。

なぜなら確信が創造を生み出すから。

 

とにかく美術学校を退学したピカソはやがてパリへ出て当地の芸術家と付き合いながら、貧しいアパートの中で絵を描き続ける。

そして一つ目の様式「青の時代」を確立させるのである。

 

言葉通りやがてピカソはキュビズムという絵画における革命を生み出し、美術の流れを大きく変えてゆくことになる。

 

 

まとめ


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ピカソの素晴らしさはこのブログでことあるごとに語っていこうと思う。

とても一回で語れるような人じゃない。

 

アカデミックな美術の教育を父に施されて、若くしてすでに

いっぱしの画家になっていたピカソ。

 

しかし彼は美術の常識に対して反逆した。

アカデミックな美術教育に対して、つまり父に対して反逆した。

 

父の言うまま描くように言われていたのに、ピカソはあえてそれを無視し自分自身の絵を描き始める。

 

この時がピカソの初めの転換点だろう。

 

 

ピカソの父はアートにはアカデミックな技術という答えがあると思っていた。

多くの人はそれを信じるかもしれない。

 

しかしピカソはアートに答えはなく、あるとすれば自分自身であることに気づいていた。

だから誰も考えなかった発想で絵を描き、西洋美術の歴史を変えられたのである。

 

ピカソの人生、言動を見ているとそこにはある一つの真実がある。

彼は芸術の本質を示している。

その答えはこの言葉の中にある。

 

「大切なのは芸術家が何をするかではなく、彼は誰かということだ。」~ピカソ

 

 

 

 

 

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粕川裕康/漫画アート芸術家。漫画描きと油絵描きをしており、二つ合わせて漫画アート芸術家!/漫画とアートを組み合わせた創作活動をしています。

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