これは猫が出てくる漫画「瞑想する猫」である。
この猫が出てくる漫画を描いていたのは2011年ころ。
僕は2011年頃、様々なアルバイトをしながら漫画アートを作る日々を送っていた。
本日はそんな2011年頃に描いた短編読み切り漫画「瞑想する猫」の制作背景、なぜ粕川が猫が出てくる漫画を描くのか?について書いていこう。
この猫が出てくる漫画の主人公は「猫のチッティ」である。
猫のチッティは三度の飯より瞑想することが好きな猫だ。
僕は漫画のキャラクターの設定を初めから全部決めるのではなく、作品を描きながらじょじょに設定するようにしている。
漫画を描くなかで、だんだんそのキャラクターの性質が見えてくるからだ。
猫のチッティを描いた漫画はいくつかあるけど、描きながらチッティのキャラクターを設定しているという感覚だ。
ではどうして僕は猫が出てくる漫画を描くようになったのか?
その原因は幼いころから猫に囲まれた生活をしていたことにあった。
幼いころから周りに猫がいた
幼いころから身近に猫がいた。
僕は6~7歳のころには父方の祖父母の家に預けられて生活していた。
当時、祖父母の家には3匹のシャムネコがいた。
(シャムネコ⇒タイ王国生まれの毛の短い猫のこと)
3匹の猫の名前はブー(オス)、ヒミコ(メス)、チャータン(メス)。
物心ついたときに存在していた3匹の猫は僕に猫という生物のインパクトを与えた。
その後も今に至るまで、僕の実家には常に何らかの猫が飼われている。
こんなことから粕川は犬よりは猫派の人間として育ってきた(犬も好きだけど)。
猫はかわいい。
体の形、大きな目、鳴き声、ジャンプ力、すばしっこさ…猫には存在全体から発するかわいらしさがある。
しかし猫にも微妙な点はある。
●鋭い爪でひっかくことがある
●ところかまわず尿をすることがある
●犬よりはそっけない態度をすることが多い
これらの点をふまえても粕川にとって猫は全体としてかわいい、魅力的な動物だ。
どういうわけか現在実家にいる猫は僕がくると逃げ出し、物陰から奇妙な生物を見るように粕川の様子をうかがってくる。
まるで僕の背後にある何らかのエネルギーに反応しているようだ…
猫は鋭い感覚で人間には察知しえない何かを感じられるのかもしれない。
神秘的な動物である。
ともかく僕は物心がついたころから身近に猫が存在していた。
そのため猫にはとても親近感があり、ゆえに粕川は本能的に猫のキャラクターを生み出し、漫画を描いているのであった。
そんな粕川が生み出したキャラクターこそ、猫のチッティなのである。
「瞑想する猫」を描いていた頃のこと
「瞑想する猫」を描いていた2011年ころ、僕はアルバイト生活をしながら漫画や絵画を作る生活を続けていた。
僕は2009年ころにデザイン系の専門学校を卒業している。
この専門学校時代に手に入れたマックのパソコンを使ってブログ(シーサーやFC2ブログをやっていた)を書き出したり、ネット上で自作の漫画を公開し始めていた。
パソコンを使ってインターネット上に自作の絵や漫画が公開できることがとてもうれしくて、いろんな漫画を描いてはweb漫画サイトに投稿していた。
パソコンを持つまでは、自分の漫画を見せるのは知人など身近な人だけだった。
しかしインターネットを通じて不特定多数の人に作品を見てもらえるというのは、表現者として最高の興奮と喜びがある。
絵の上手い下手なんて考えなかった。
ただもう描きたいものが山ほどあるので、片っ端から漫画や絵画を制作していた。
僕は技術のことを考えるまえに、創作したい世界が頭につまっているのだ。
漫画を描くなかで、少しづつ絵の技術も取り入れていこうとしていた。
粕川がそんな時期に描いた猫の出てくる漫画が「瞑想する猫」だった。
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漫画の主人公に自分を投影する
漫画も絵画も僕は独学で学んできた。
絵や漫画の創作を学ぶ方法は~
本を読んだり、人の作品を見たり、美術館などへいったり、ジャンルの違う名作にたくさん触れたり、いろんな人に合ってみたり、旅したり…自分の興味を引くものにはなんでも首をつっこんで吸収していった。
そんな中から今僕が生み出している絵や漫画は構築されていった。
表現者は生涯が成長途中なので、僕は今後もどんどん成長変化していく。
しかし漫画や絵画を生み出すというのは最高にエキサイティングで、最高に楽しい!
僕は漫画や絵画を生み出すために生きているような人間だ。
創作すること自体が生きる目的、執念となっている。
次はどんな世界を生み出すのか?人の作ったどんな傑作と出会えるのか?どんな自分を表現するのか?
これらの思いが創作を行うワクワクした気持ちにつながっている。
漫画や絵画の創作が僕に生きるパワーを与えているのだ。
粕川にとって生きることは、「創造すること」。
そして漫画や絵画を作る中で自分自身を強烈に表現する。
では漫画「瞑想をする猫」で、どのように粕川自身を表現したのか?
僕は漫画の主人公キャラクターこそ自分を投影させるべき存在だと思っている。
つまり猫のチッティは粕川自身なのである。
チッティがもつ以下3つの要素はまさに僕自身のことだ。
●猫⇒幼いころから身近に猫がいて、猫に対する親近感をもっていた
●瞑想⇒粕川は18歳の頃から今に至るまで欠かさず瞑想を行う習慣がある
●天然ボケ⇒僕は人から天然と称されることがよくあった
主人公キャラクターに作者の人間性、クセ、特質などを色濃く反映させる。
これこそ最もお手軽な漫画による自己表現の手段だ。
僕が描く漫画の主人公やキャラクターには粕川の様々な要素が根底にある。
漫画のキャラクターは、作者の似姿なのだ。
さてそんな人間が2011年ころ描いた猫が出てくる漫画「瞑想する猫」は以下の画像をクリックすると観れるので、どうぞご覧ください↓!