クレジットカードの支払いがされる時っていうのは、なぜかとてもうれしい。
クレジットカードを使うと1カ月の間に消費した料金がたまっていき、引き落とし日に一気に支払われる。
支払われる前と後というのは、気分的に違うんです。
支払われる前は、一時的にその商品を保有している状態みたいに思えてしまう。
しかし支払われることで、自分が所有するものとなった感覚になる。
支払うという行為が、たまったものを掃除できたような感覚でうれしいのです。
とかいいながら、結局お金とは数字にすぎません。
現代貨幣は誰かが借金をすることによって、銀行が「信用創造」でお金を生み出します。
でもそのお金の正体は、通帳などに記載される数字でしかないのです。
現代貨幣は金の裏付けがなく、国家が価値ありと保証することによってのみ交換価値を保証されているもの。
つまり実際には、お金は紙っぺらであり、電子データ上の数字にすぎません。
こんな実態のないものに対して、人生を揺さぶる程の一喜一憂が繰り返されるのです。
今回僕が喜んだのも「ただ数字上の差し引きをみた」だけのことにすぎません。
まことにお金とは現代社会が作った、ゲームのルールというほかありません。
見方を変えると、誰も貯金はしていないんです。
銀行にお金を預けることを貯金と勘違いしますが、実際には個人が銀行に貸付をしているだけにすぎません。
貯金とは、銀行への貸付です。
さらには我々が支払っていると妄想している税金も幻想です。
我々は納税などできません。
なぜなら税制は再分配制度であるから。
納税をすると言っても、けっきょくお金は銀行の数字としてあらわれます。
一時的に銀行へ預けたお金を再調整されて、健康保険証などを使う時、貧富の格差がある状態を是正するなどのために、それら財源が使用されるという再分配の機能が税制なのです。
税制とかいうと難しく感じますが、お金が関わる全ての事柄が、社会のルールの元に作られたからくりにすぎないことを思いだしましょう。
そもそもお金自体がただの数字であり、実際には存在しないものと思い出すと、これら仕組みのからくりに気づけます。
お金なんて、存在していない。
だから納税もしてない。
お金を払ったつもりになって満足しているだけ。
お金があると妄想をしている人がいるだけで、実際のお金は紙であり硬貨であり電子データ上の数字。
まことに貨幣経済社会という、大きな架空の創作世界でゲームを強いられているのが僕たちなのです。
では、この世界になにがあるのか?
無限の豊かさだけが、あるのです。
僕はこの無限の豊かさを享受しています!
今日もご来訪ありがとうございました!