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統合失調症にかかるもその体験を詩作に反映させた天才詩人ヘルダーリン

投稿日:2016年12月26日 更新日:

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孤高の詩人 フリードリヒ・ヘルダーリン(1770年3月20日~1843年6月6日)。

僕はこれまで様々な詩人の作品を読んできたけど、その中でも最高クラスに好きな詩人がこの人!

 

理想と美の世界を遠望するその詩は天上的とも言われ、どこまでも気高く、どこまでも美しい。

ヘルダーリンは30代にして統合失調症にかかってしまう。

その後の人生を塔に引きこもり、精神的薄明の内に詩作をつづけた。

 

生存中出版された詩集はたった一冊。

同時代の詩人ゲーテやシラーから作品の批判を受けるも、彼の死後ロマン派の表現者にヘルダーリンの価値は見いだされる。

ニーチェやハイデガーなどの哲学者にも影響を与え、

20世紀に入ると象徴派の詩人ゲオルゲから注目され再評価される。

 

死後100年たって天才と認められたヘルダーリン。

実はヘルダーリンの詩作による自己表現は、統合失調症にかかって後に誰も到達できない深い世界を実現した。

その作風はベートーベンの弦楽四重奏による最後の数曲や、セザンヌ晩年の絵画作品のように深遠だった。

 

天才と狂気に関する本では頻繁に取り上げられる詩人 ヘルダーリン。

フリードリヒ・ヘルダーリンが歩んだ創造人生とその自己表現に迫っていこう!

 

 

 

家庭教師をしながら詩作に励んだヘルダーリン


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フリードリヒ・ヘルダーリンは1770年(ベートーベンと同い年!)ドイツのシュバーべン地方の小村ラウフェンに生まれた。

二歳の時に父が亡くなり、再婚した母に伴われて小都市ニュルティンゲンに移住する。

 

1788年テュービンゲン大学神学校に入学し、のちに哲学者となるヘーゲル、シュリング達と親交を結ぶ。

 

まさにフランス革命が起きた時代で、ヘルダーリンはこれに刺激された詩作も手掛けている。

ただこの時点での作品は、敬愛する先輩詩人シラーの領域を出ていなかった。

 

1793年大学を卒業したヘルダーリンは生活のために家庭教師の仕事に就く。

それも有力者の邸宅に住みこんでその子弟を教育するというもの。

ヘルダーリンにとってこの職が決定的な意味を持つことになる。

 

 

教え子のお母さんと不倫関係に入り逢瀬を続けるヘルダーリン


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1795年ヘルダーリンは銀行家のゴンタルトという邸宅に住み込み、その息子の家庭教師を始める。

 

そしてヘルダーリンはゴンタルトの妻であり、教え子の母であるズゼッテという女性と恋愛関係に入ってしまうのだ。

 

雇い主でズゼッテの夫であるゴンタルトの目を盗んで行われる密会。

この不倫劇はヘルダーリンにとって大きな転機となった。

 

ズゼッテへの愛をきっかけにしてヘルダーリンの詩作に一種化学反応めいた変化が現れたのである。

 

ズゼッテという女性はヘルダーリンの詩作の中で「ディオティーマ」と呼ばれ、詩人にとってインスピレーションを与える源となる。

かつてイタリアの詩人ダンテがベアトリーチェという女性に霊感を受けて「神曲」を創造したように。

 

愛によって激しく揺り動かされたヘルダーリンは、新しいより深みのある微妙な声調を詩作で生み出している。

この時期にヘルダーリンの代表作となる「ヒュペーリオン」は生まれており、愛による化学変化の産物ともいえる作品なのだ。

 

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1798年ゴンタルト家を去ったヘルダーリンは、ズゼッテとその後もしばしば会い、1800年まで交際は続く。

 

 

家庭教師を転々としたのちに統合失調症を発症する


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その後のヘルダーリンは家庭教師を転々とするうちにやがて精神を病んでいく。

そんな中でズゼッテがこの世を去った報告をきいてショックを受けたヘルダーリン。

病状は一進一退を繰り返してゆく。

 

1807年回復の見込みなしと判断されたヘルダーリンは、テュービンゲン在住のヘルダーリンのファン読者である家具職人の家に引き取られる。

家からちょっと突き出た塔のような場所に引きこもったヘルダーリンは、1843年の死までこの塔で精神薄明の内に過ごした。

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黄色い塔がヘルダーリン塔

今ではこの塔は「ヘルダーリン塔」と呼ばれている。

 

 

ヘルダーリンが見つけた詩作の二大テーマとは!


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30代にして統合失調症にかかったヘルダーリンは塔に引きこもりながら詩作を続けていた。

 

ヘルダーリンは古代ギリシャに憧憬の念を抱いていた。

古代ギリシャを理想とし、その神々について詩でうたう。

 

形骸化した旧来の宗教のもとで荒廃している人々。

ヘルダーリンはこの現実に対して歓喜と賛歌に満ちた「古代ギリシャ」の栄光を対比させた。

ヘルダーリンがうたう詩は古代ギリシャの栄光であり、神々であり、憧憬である。

 

ヘルダーリンは自分が生きる世界を「乏しい時代」と表現する。

「乏しい時代にあって一体なぜ詩人であるのか?」

 

この問いを発したヘルダーリンはその答えに行きつく。

 

それが「自然への回帰」であり「古代ギリシャへの回帰」だった。

 

ヘルダーリンは現実という今ではなく、すでに過ぎ去った「古代ギリシャ」という幻想をたたえている。

僕の創作のテーマは「幻想と自然」だから、この点でもヘルダーリンには大きな共感を覚える!

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古代ギリシャの時代こそ人間が最も充実した時代だとヘルダーリンは考えた。

ここからヘルダーリン独自の賛歌と呼ばれる詩群が誕生する。

 

しかしヘルダーリンの詩は冗長で、とりとめのない言葉の繋がりだとゲーテやシラーから批判を受けた。

ヘルダーリンが当時の詩のメジャー路線からは外れた、特異な詩人であったことがうかがえる。

 

 

晩年になるにつれ詩は難解になり唯一無二の自己表現を示す


 

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ヘルダーリンの詩は晩年になるにつれてより難解に、抽象的な様相を帯びてくる。

それは誰も到達することのできない詩の領域をヘルダーリンが生み出したことを示している。

 

哲学者のカール・ヤスパースは言う。

「ゲーテの詩は他の詩人の作品と比較することが出来る。しかしヘルダーリンの詩は、他のいかなる作品とも比較することが出来ない。」

 

ドイツ近代史の世界で最大の存在はゲーテである。

ゲーテとは一線を画す詩作を作ったヘルダーリン。

 

ヘルダーリンの詩は彼の陥った狂気の症候を示す不可解な言語表現として難解だと見られてきた。

 

しかしゲオルゲを中心とする詩人、学者の一群によってその言葉の迷宮の中に、いかに貴重な財宝が秘められているかが明らかにされた。

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アドルノというヘルダーリン研究者はヘルダーリンの後期の詩の語法を「パラタクシス」と呼んでいる。

 

パラタクシスとは文ないし文の成分の並列を意味する。

 

ヘルダーリン様式は主文と福文、本体と従属部分といった具合に、緊密におのおのの成分が結びついて文全体が構成されるのではない。

部分部分が対等の関係において連なり、並行しているような文体となる。

そこには言葉の無秩序な散乱という危険が想定される。

しかし言葉の働きそれ自体に身をゆだね、主体を放棄することによって初めて言葉の本来の生命が発動する。

 

ヘルダーリンが正気と狂気の境目でかろうじて絞り出された言葉が、かつて知られなかった衝撃を持って読者に落ちかかる。

この衝撃力はヤスパースの言う通り、比較すべきものを持たない。

しいて挙げるなら、文学以外の領域における芸術表現。

 

文学研究科のペーター・ソンディは、ヘルダーリンの後期の詩作に通じるものとして、ベートーベンの弦楽四重奏曲の最後の数曲と、セザンヌの晩年の絵画作品を挙げている。

 

 

まとめ


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30代にして統合失調症にかかり、後半生を塔にこもって過ごさざるを得なかった詩人フリードリヒ・ヘルダーリン。

 

しかしこの体験の中からヘルダーリンは自らの詩法を発見し、深遠な世界をうたい始める。

それは古代ギリシャや自然に回帰した、彼独特の世界観だった。

 

ヘルダーリンは生前は不遇の人生を生きたが、その作品は後の様々な表現者たちに影響を与えていく。

ヘルダーリン様式は深遠で難解な部分もあるけれど、正常と狂気の狭間で生み出された感覚は他の追随を許さぬものだった。

 

僕はヘルダーリンを18歳の時に知った。

彼の人生、作品、そして名前の響き(ヘルダーリン!)に完全に魅了された!

今でもそれは変わらない。

 

僕は昔は詩を書いたり、詩をもとに絵を描いたりしていた。→詩作から生まれるイメージを絵ですくい取って自己表現をしよう

それもこれもヘルダーリンからの大きな影響があってのことだ。

 

最後に僕の大好きなヘルダーリンの詩を載せてみたい。

 

川村二郎訳 「ヘルダーリン詩集」より


運命の女神たちへ

ひと夏をのみ与えよ 力強い者たちよ

また熟した歌のために ただひと秋を

わが心が 甘美な戯れに

飽き足りた末 死を迎えるように

生きながらに神の正義を成就しなかった魂は

地下の死の国でも休らわない

しかし心にかかっていた神聖な技

詩がひとたび成るならば

その時は来たれ おお影の国の静寂よ!

よしわが絃をその国へ伴わずとも

私は満足する ひとたびは

神のように生きた その余は求めることもない

 

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粕川裕康/漫画アート芸術家。漫画描きと油絵描きをしており、二つ合わせて漫画アート芸術家!/漫画とアートを組み合わせた創作活動をしています。

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