この記事では自意識過剰な漫画アート芸術家が、本当の自信とは何かについて書いていこう!
このブログを読む人の中には粕川が誇大妄想や、自信過剰、自意識過剰の気があると感じる方もいるかもしれない。
人が僕をどう見ようと、かまわない。
しかし僕はこの記事で明確に宣言する。
「誇大妄想や自意識過剰は最大の才能である」と。
本当の自信とは、ゆるぎない自身に対する信頼感から生まれる。
ん?どういう事?意味が分からないぞっ?て思った方は是非先を読み進んで行ってほしい。
漫画アート芸術家が本当の自信とは何かに迫る!
Contents
本当の自信とは?自意識過剰や誇大妄想の理由
筆者は本当の自信とは、自分にたいする無条件な信頼と考えている。
これは見方を変えると、自意識過剰や誇大妄想にも見えるだろう。
自意識過剰、誇大妄想と聞いてどんなイメージがあるだろうか?
社会の目から見たとき、自信過剰や誇大妄想はマイナスと映るかもしれない。
Wikipediaで自意識過剰や誇大妄想で検索すると、以下の様に書かれている。
自意識過剰⇒「自分自身の事柄について過剰に意識している」
誇大妄想⇒「自己を誇大に評価する」
表現者として見たとき、自意識過剰や誇大妄想は最大の強みになるのだ!
絵や漫画を描いて生きる人が、自分がやってる事に絶対の確信を持っていなかったら、どうして活動を続けていけるだろう?
そんな及び腰で作られた作品が、永遠の生命力を持てるだろうか?
自信に確信を持てなくて、なにが表現者だ!
過剰な自信が油断につながるという見方もできるだろう。
しかし、それは違う。
自信は、自らを信頼することだ。
だから本当の自信がある人は、自身の能力を伸ばすために必要な行動を行う。
自信があるから油断するというのは、本当の意味で自分を信じていないのだ。
本当にそれができると信じる人は、その能力を伸ばすための行動を必ずとっている。
だから本当の自信がある人は、油断をしていない。
絵や漫画を描いて生きていこうとするならば、自信過剰と言えるくらいの確信を持っていなければいけない。
最悪独りよがりでもいいので、「これが絶対に自分だ!」というパッション(情熱)を持って創作に取り組むべきである。
なぜなら、この確信こそが創作をして生きていくパワーになるからだ!
前のめりになるような情念が、創作を引き出すパワーになる!
表現者は、誇大妄想狂でいいのだ。
狂ってるくらい、自身の創作が好きになろう。
そうすることで、絵を描くことが好きになり、どんどん作品を生み出せるようになる。
だから表現者は自意識過剰や誇大妄想と呼ばれたら、両手をあげて喜ぶのだ!
揺るぎない本当の自信の理由
本当の自信とは、揺るぎなく自分を信じるときに生まれる。
自信を持つことに、理由はいらない。
ただ自信がある。
それでいいのだ。
根拠なく自分を信じるというのは、思い込みが激しく自意識過剰と映るかもしれない。
でも、それでいい。
誇大妄想、自意識過剰、おおいにけっこう!
まわりにどう映ろうと、揺るぎなく自信に満ちた自分を選択すればいい。
誰もあなたの自信を崩すことはできない。
絵や漫画を描くのに才能なんて必要ないし、才能なんてものを気にして創作を行うこと自体がくだらない。
好きだから描く、それでいいのだ!
しかしだとしても僕は、本当の自信とは、ゆるぎない自己に対する信頼だと思う。
「確信が、創作をするパワーを生むからだ」!
仮に現状の粕川の創作レベルが1だったとしよう。
でも僕は自分を伝説だと公言する。
まわりの人全部が否定しても、僕だけは確信している。
本当の自信とは、何かを達成したから生まれるのではない。
何物にも揺るがない本当の自信は、誰でも持っている。
ただひたすらに、自信があると開き直ればよいのだ。
まわりから見たら、痛い人に映るかもしれない。
でもまわりが自分をどう見ようと、かまわないではないか。
自分は、己を道を歩めばいいのだ。
言いたい人は、なんとでも言わせればいい。
とにかく自分だけは、ゆるぎなく自らを信頼していよう。
本当の自信を持つと、心に落ち着きがでる。
なにものにも動じない心が、手に入るからだ。
誰が何をいおうと、何が起ころうと、微動だにしない精神が手に入るからだ。
本当の自信を持つことによるこの落ち着きが、物事をうまく運ばせる。
自分には~ができないかもしれないと恐れていたら、行動もそのようになってしまう。
しかし、ゆるぎない本当の自信があれば、落ち着いて物事に対処できる。
だから、やることがうまくいくのだ。
本当の自信に、理由なんていらない。
ただそれが出来ると、確信していればいい。
それは「自分に対する信頼」だ。
例えば誰かにほめられたから、賞を取ったから、デビュー出来たから、絵が上手いから、自信ができるという人がいる。
こういう誰かに認められることによって生まれる自信は、簡単に崩れやすい。
これまで称賛されていたものが突然批判に変わったとき、他人の評価を基に自信を感じている人は、心が揺らいでしまう。
絵なんて上手くても下手でもどっちでもいいし、漫画が必ずしも面白くある必要はない。
他人から見て100%自己満足でも、全然問題ない。
客観的に見て自分のレベルがどうだろうと、そんなことには関わりなく、絶対の自信に満ちていればいい。
自分は大丈夫なんだと。
世間の目から見たら、変な人に映るかもしれない。
でも人がどう思うかに自分の在り方を左右されていたら、人生は混乱をきわめることになる。
人に良く思われたいために自分を合わせていると、人によって自分が変わるあやふやな人間になってしまう。
自身の在り方に、忠実であればよいのだ。
そのうえで人に対する配慮もする。
自分がゆるぎない自信を持つことに、だれの許可も必要ない。
今この瞬間から、絶対大丈夫なんだと思えばいい。
表現者は、作品でも人生においても、自らを強烈に表現するのだ。
そこに「揺るぎない自分」がなかったら、何のために創造を行うのか?
嘘っぱちの仮面なんか叩き捨てて、素直な自己を表明するのだ。
これが漫画アート芸術の大前提である。
スポンサードリンク
本当の自信とは自らに対する信頼
本当の自信とは、自らに対する絶対の信頼である。
信頼は、裏付けがあって生まれるのではない。
ただ一にあなたが絶対的に大丈夫だと信じ、それに伴って行動していく事で、自身に対する信頼感ができる。
人が応援していようといまいと、外部の事は一切関係ない。
ただ一人あなたが自らを信頼し、黙々と行動し続けることで、本当の自信は生まれる。
こういう風にしてできた本当の自信は、外部のできごとに決して動じない。
大人になると失敗が怖くなり、新しいことに挑戦しづらくなるかもしれない。
この失敗を恐れる気持ちが、一番危険だ。
何度失敗したっていい。
何度こけたっていい。
笑いたい人間は、笑わせておけばいい。
とにかく自分が決めた目的だけは、命を懸けてやり抜ける。
そこに協力者がいようといまいと、やり抜ける。
この精神を支えてくれるのが「絶対の確信に満ちた自己への信頼」だ。
粕川が確信に満ちているのは、すごい実績を持っているからではない。
普通に幼い頃から絵や漫画を描くのが好きで作り続けてきた、それだけのことでしかない。
絵や漫画が上手いとか下手とか、面白いとか面白くないとか、そんな事は関係ないのだ。
上のような人が決めた価値基準に、そもそも従う必要がない。
粕川が描くから、創造するから凄い!
そういう方向へ僕は持っていこうと思う。
絵や漫画を描く時に、崇高な野心を持つ必要はない。
何とな~く、ゆる~く描きたければそうすれば良い。
ただ粕川にとっては「永遠なものを生み出す」「永遠な存在になる」これが創作を行う喜びと同じくらい強く存在する。
だからそこへ向かうのだ。
スポンサードリンク
人間は自分が考えているような人になってゆく
人間が発する言葉には力があり、人は自分が思っているような人間になっていく。
例えばあなたが運が良くなりたいのであれば「ツイてる!」「毎日運が良くて幸せ!」と口癖のように毎日言ってみよう。
本当にツイてる人間になっていくはずだ。
発する言葉には力があり、口にした通りの人生を歩むようになる。
僕自身本当だと感じる体験があるし、そういう事の書かれたたくさんの本が存在する。
言葉にし、確信し、それを裏付ける行動をし続けていれば、想像できるあらゆる存在になれると僕は確信している。
ここで人間は自らが信じるような人になれる事を証明する、一人の人物を挙げてみよう。
粕川も、この人にとても大きな影響を受けている!!
その名は…
「モハメド・アリ」!
スポンサードリンク
モハメドアリのビッグマウス!
モハメドアリ(カシアス・クレイ)(1942年1月17日~2016年6月3日)は、アメリカ出身で20世紀を代表する史上最高のボクサーと呼ばれる人物。
モハメドアリの特徴に「ビッグマウス」がある。
ビッグマウスとは、でかいことを言うことだ。
モハメドアリはボクシングの試合の前、KO予告や相手を挑発するなど、自信に満ちた発言をする事で有名だった。
実際に4ラウンドKOで勝利をして、予告を実現したこともある。
時は1964年、アリがまだ改名する前のカシアス・クレイを名乗っていた頃、世紀の戦いが始まろうとしていた。
当時WBA・WBC統一世界ヘビー級王者であったソニー・リストンに、モハメドアリが戦いを挑んだのだ!
当時のアリはボクシングの試合で連勝してたけど、大口をたたいて周りを騒がせる青二才という見方が優勢だった。
1964年当時最強のボクサーと評価されていたソニーリストンとの戦いに際して、アリは圧倒的に不利だとみられていた。
アリとリストンの掛け率を見ても「1対7」と、リストン優位は目に見えていた。
この状況に対して、モハメドアリが何を行ったのか?
徹底したビッグマウスでマスコミを騒がせていた。
まだソニーリストンと戦う前からアリは~
●「自分は美しく最強のボクサーであり、勝利は確実だ!観客はリストンの落日を見る事になる」
●「俺は最も偉大なボクサーだ!」
という意味の事を、リズミカルな口調でまくし立てていた。
では実際の試合では、どうなったか?
モハメドアリは予言通り「蝶のように舞い、蜂の様に刺す」ボクシングスタイルでソニーリストンを圧倒し、絶対に不利と見られていた試合で6ラウンドノックアウトで勝利した。
アリがソニーリストンに勝利したすぐ後に、テレビカメラに向かって興奮しながら以下の言葉を叫んでいる。
アリ「俺は世界の王者だ。俺は美しい!俺は偉大だ!俺は最も偉大なボクサーだ!!」
アリ「I must be Greatest !(おれは偉大だ!)」
何と胸を打つ言葉だろう!
確信して、言葉で宣言し、行動に映すから奇跡は起きるのだ!
モハメドアリは、他にも以下の感動的な言葉を残している。
「人間が困難に立ち向かうとき、恐怖を抱くのは、信頼が欠如しているからだ。私は、私を信じる」~モハメド・アリ
僕はモハメドアリの、あの伝説的な映像を見て確信した。
自分が心の底から望む姿を口にし、実行していこうと。
ただ口にするだけで、実行がともなっていなければただのホラ吹きだ。
しかし確信して口にし、それに見合った行動をとり続けるとき、人間は思ったような存在になれる。
だから僕は自意識過剰、誇大妄想、ビッグマウスと呼ばれようと迷わず公言する。
僕はアリの言葉を借りてこう言おう。
「I must be Greatest of all time!(あらゆる時代を通じて最も偉大だ!)」
本当の自信は、無条件に自分を信頼することで手に入る。
何かができるできないに関係なく、絶対大丈夫なんだと自分を信じることから始めてみよう。
本当の自信の最後に
人からの評価や賞賛など、誰かに依存して生まれる自信は、相手から手のひらを返された時、かんたんに崩れ去る。
誰かにほめられたから、すごい結果が出せたから、自信が生まれるんじゃない。
自らに対する揺るぎない信頼。
これが本当の自信の正体だ。
本当の自信に、根拠なんて必要ないのだ。
いまあるあなた自身を、すべて認めることから、本当の自信は生まれる。
自身のありのままを認め、その上でより向上するために進歩していこう。
筆者は以下の記事でも揺るぎない自信を持つための考え方を紹介しているので、興味のあるかたはどうぞ♪
本当の自信に満ちた変わった芸術家の心構えに関する記事は以下のリンクからどうぞ♪