国立新美術館でダリ展がやっていたことがある。
僕は2016年11月19日土曜日、東京都六本木にある国立新美術館にて「ダリ展」を見てきた。
素晴らしい体験だった!
ダリといえばシュルレアリスムの画家で、奇妙な世界を描く人だ。
まるで夢でも見ているような不可解な世界を描くダリの絵画。
はたして国立新美術館に展示されていたダリの絵画はどんなものだったのか?
ここではは国立新美術館で筆者が見てきた、ダリ展の感想について書こう!
まずはシュルレアリスムとダリについて復習していくぞ。
Contents
ダリはシュルレアリスムを代表する画家
サルバドール・ダリ(1904年5月11日~1989年1月23日)は、スペイン生まれでシュールレアリスムという芸術ジャンルを代表する画家。
僕も大好きな画家の一人。
シュールレアリスムとは、1924年アンドレ・ブルトンによって考案された芸術思想。
シュルレアリスムの影響は詩や絵画、彫刻、漫画、文学、映像など様々な分野に及んだ。
シュルレアリスムは人間の無意識下に存在する感覚を表現する芸術運動。
シュルレアリスムは超現実主義ともいわれ、現実を超えた未知なものを表現しようとする。
シュルレアリスムには、偶然性や自動筆記(オートマティスム)を利用して主観性を排除した表現もある。
自動筆記(オートマティスム)とは無意識状態で文章を描いたり、絵を描いたりする手法。
マックス・エルンストやジョアン・ミロが、オートマティスム型の表現で創作をした。
シュルレアリスムの画家には、別の描き方をする者がいた。
不条理で不可解な、現実を超える不思議な世界を、写実的に描くシュルレアリストだ。
これがサルバドール・ダリである。
ダリの絵は、リアルに描かれる。
現実を超えた不思議な対象をモチーフにしながらも、実際に存在するかのように描かれているのだ。
ぼくはダリが描く迫真のリアリティは、絵の大きな魅力だと思った。
国立新美術館でのダリ展
そんなダリ作品が世界中から集まった国立新美術館での展覧会。
国立新美術館では上の画像にあるように、不思議な世界を感じさせてくれる絵がたくさん展示されていた。
ダリ展では映画監督のルイス・ブリュエルとダリが一緒に作った、シュルレアリスム映像(15分ほど)も公開されていた。
シュルレアリスムによる映像表現なので奇妙な展開が続き、創造意欲を刺激された。
国立新美術館のダリ展では、ダリがヒッチコックやディズニーと一緒に制作したとされる映像も放映されていた。
またダリの書籍や、彼が関わった写真、インスタレーション作品まで展示されていた。
まさにダリ作品がたくさん集まった、日本でも稀な展覧会だったのだ。
僕が美術館を見終わるころには、ダリ展に入ろうとする人たちの長者の列が出来ていたほどだ。
ダリ展でのダリ絵画の感想
ダリ展を見終えた感想を書いてみよう!
「ダリはある時点を境に、自分の表現を見出している」と僕は感じた!
まだ初期のダリは、それまでの美術を模倣する域を出ていない感じがあった。
しかしある時期から自分の個性を見出したのか、明確にダリらしさが絵画に現れる。
ダリは幼いころから絵を描いており、十代の頃には印象派や表現主義的な絵画をたくさん描いている。
後にダリはピカソとも会い、キュビズムの画法でも作品を残していた。
しかしこの時点までのダリは、印象派やキュビズムを吸収した、幻想的な色彩で描く画家という立ち位置だった。
この時点ではまだ、決定的なダリらしさが現れていないのだ。
もしもここでダリが亡くなっていたら、20世紀を代表する芸術家にはおそらくなっていなかっただろう。
しかしダリは、ある時点で明確な変身を遂げる。
それが国立新美術館のダリ絵画を見ていると、明確に分かった。
国立新美術館のダリ展で出品された作品の中では、1924年頃からダリらしさにシフトする変化がみられる。
どういう変化かというと
●シュルレアリスムとの出会い
●超現実な世界をリアルに描き出す画力
この2点の特徴が、1924年頃から現れてくるのだ。
アンドレ・ブルトンが1924年に「シュルレアリスム宣言」で、シュルレアリスムの手法を発表している。
ダリはシュルレアリスム宣言に何らかの影響を受け、ついに自分らしい絵の描き方を見出したのかもしれない。
表現者がブレイクスルーする瞬間!
優れた芸術家に共通する要素として「ブレイクスルーする瞬間」がある。
どんな芸術家もいきなり唯一無二な作風を持っていたわけではなく、様々な試みの末にようやく手にするものだ。
ゴッホが約10年間に及ぶ画家活動で真に才能を発揮させたのは、アルルに移ってからの最後の2年間だった。
ピカソが青の時代やキュビズムを発明するまでには、様々な手法の絵画を実験している。
漫画家の赤塚不二夫氏もいきなりギャグ漫画で成功したわけではない。
赤塚氏はデビュー当時、少女漫画を描かされていた。
それで漫画があまり売れなかったので、一時は漫画家を辞めようとまで考えたという。
しかし仲間たちに支えられて漫画を描き続けた結果、ギャグ漫画という赤塚氏特有の世界を見出すことができた。
みんなはじめは試行錯誤を繰り返し、挫折や苦悩の果てに自分オリジナルな手法を発見していたのだ。
やはりダリにもブレイクスルーの瞬間があり、1924年頃から明確に現れている。
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シュルレアリスムとの出会いでダリの才能が爆発!
国立新美術館で見たダリ展の絵画は、1924年頃に変化があらわれはじめた。
これはシュルレアリスムとの出会いが原因といえる。
シュルレアリスムと出会ったのちの、ダリ絵画の発展は凄かった!
画集で何度も見ていたけど、生で見るあの世界観はやっぱり驚く!
ふつう考えつかない、不思議で超現実な世界が、美麗な絵で描かれている。
あれはちょっとダリ以外の人には描けないだろう。
画力がどうこういう以前に、不思議で個性的すぎる世界観がすごい。
ダリといえば夢の中で見たことを絵に描くことでも有名だ。
ダリは絵を描くとき口にスプーンを挟んだ状態で軽い眠りに入り、夢のなかで見た映像を描くことがある。
口にスプーンを入れて眠りに入ることで、意識が遠のくと口からスプーンが落ちて目が覚めるという寸法である。
そして見た夢を覚えているうちに描くのだろう。
夢の中で見た世界を絵に描く行動がユニークで、すごい自己表現だという感想をもった。
ダリの画力は半端じゃない感想
国立新美術館でダリの生絵画を見て強く感じたのは、細密画がとてもうまいということだ!
おそらく極細筆で精密に描いたであろう緻密な絵は、大きな魅力だ。
大枠として不可思議な世界を描き、細部描写でリアリティをつけるという手法で、ダリの絵は描かれていた。
ダリは初めのうち、割と小さいキャンバスに精密な絵を描いている。
しかし時を経るにつれ、細密画の描写が大画面でも描かれるようになった。
恐らく同じスペイン生まれで大成功していた、年上のピカソを意識していたのだろう。
ダリは、あえてピカソとは別次元の「圧倒的な画力」という部分で勝負に出たと思う。
確かにピカソも絵はうまいが、ダリ程の画力で描くことはなかった。
対象を変形させて自己の感覚に従って絵を描いたピカソ。
ダリはラファエロやフェルメールなど、美しくリアルな絵を描く画家を崇拝していた。
後年になるほどダリは、敬愛する画家のように美麗な絵を描いていく。
いくつか超リアルで巨大な絵画があったので、どう描いてるのかなと近くによって鑑賞したが、その繊細さは比類なかった。
ダリは徹底した描写力を意識していただろうし、その傾向は年を経るごとに明確になる。
カラヴァッジョやルネサンス期の画家を彷彿とさせる絵のうまさが、ダリの絵画にはある。
だからこそあの不可思議な絵の世界に、説得力を持たせることが出来ているんだと思った。
国立新美術館で見たダリ展の感想の最後に
国立新美術館で見たダリ展の感想について書いてきた。
今回ダリ展を見て感じたことはいつも思うことながら、画集と生絵画は全然違うということ。
画面の艶めかしさ、目の前に存在する独創的すぎる絵の世界、圧倒的な描写力…これらは美術館で見ないと分からないだろう。
ダリという芸術家は、とても奥深い。
絵画だけでなくオブジェや写真、マスメディアなど、いろんな媒体で自分を表現している。
何よりダリは、絵画に魅力の根源がある。
ダリの絵が放つオーラは魅力的で異様だ。
絵の飾られた空間が放つ不思議さに、僕は感銘を受けた。
ピカソと肩をはる20世紀を代表する芸術家ダリのゆえんが、国立新美術館のダリ展を見てわかった。
ダリを見てあらためて感じたこと、それが~
「アートの本質は圧倒的な自己表現にある」ということだったのだ。