「何かに挑戦することに年齢は関係ない」といわれますよね。
今回はマンガアート芸術家のカスカワが、「年齢は関係ない」の本当の意味について切り込んでみたいと思います。
なおここで披露する考え方は僕の視点からみた世界(宇宙)の話なので、そこをご了承ください。
「挑戦することに年齢は関係ない」の本当の意味に表現者が切り込む!
「挑戦することに年齢は関係ない」の本当の意味に迫る!
年齢っていうのは概念にすぎないんですよ。
例えばあなたが25才だとします。
生まれた時から365日を25回繰り返したから、あなたは25歳というとらえ方をしますよね。
それであなたは25歳としての自覚を持ち、25歳らしいふるまいをする。
この25才という年齢の実態はどこにもないわけです。
誰かが「365日は1年で、生まれてから1年たつと年齢が1歳増していく」という設定を作っただけじゃないですか。
「でも体は成長してるよね」と思うかもしれません。
僕たちは地球という物理次元で生きてるので、「変化」はしますね。
だから体が成長するのは全然OK。
しかし「変化」と「年齢」をかけあわさなくていいということです。
「年齢」という概念は洗脳やビジネスに使われやすいからです。
「50才になると体のどこどこがおかしくなりやすいから、このサプリを飲んでください」だとか、年齢を理由にしたセールスをかけてくる。
「青春は若い時のもので、歳をとったらもう青春は戻ってこない」とか。
社会は勝手に設定を作って、そこ基準で言いがかりをつけてくる。
統計とか医者が出てきて、最もらしく説明されると「ああ、そうなのか」となってしまいますよね。
僕から言わせれば「クソくらえ!」なんですね。
「~歳になると病気にかかりやすくなる」とか医者に言われたら、不安になるじゃないですか。
その不安や思い込みが病気を作るんですよ。
医者が不要だというのではありません。
「年齢」という概念をエサに不安材料を植え付けられやすいから、気を付けましょうということです。
そもそも「年齢」なんて概念を持つ必要がないんです。
「年齢」なんて基準に自分を合わせて、何かをやるならないを判断しなくていいんです。
やりたいんなら、「年齢」無関係に今すぐ始めたらいいんですよ。
人はなぜ老化するのでしょうか?
自分の周りの人が年を重ねると老けていくから、そういうものなのだろうと自分で判断する。
だから、自分も周りの人に合わせて老化していこうとするんですよ。
「歳をとる=老ける」この認識が根深くあるから、認識通りの体験をしているんですね。
年齢という概念を外してみてください。
すると年を重ねても「だってそんなもの概念だから関係ないよね」となる。
その認識に反映されて肉体的にも若々しくなると僕は思ってます。
まだ若いのに周りより老けて見える人というのは、「年齢や老ける」という認識が根強いのでは?と思います。
思いきって年齢とか老けるとかいう概念を捨ててみると良いでしょう。
人間の体なんて意識一つで変化するものです。
意識が、行動や考え方を変えていくんですから。
というか、意識そのものが本当の自分なのだから。
美人だと思ってる人は、元顔がブサイクでも美人になり変わっていくあの現象と同じですね。
僕は年齢を無視して、だれにでもタメ口で接しましょうと言ってるんではないのですよ。
「郷に入っては郷に従え」で、年上の人に敬意をもって接するという価値観はそれで大切ですね。
「年齢」という概念に縛られて、自分を束縛するのはもったいないということなんです。
社会は「年齢」を理由にあらゆるビジネス的誘惑をしかけてくる。
例えば「40才になると体にガタがきやすくなるから、あの健康食品を取りましょう」みたいな。
「結婚適齢期は~歳までだから、その年を超えると統計的に結婚は難しくなる」とか。
僕はいいますが、統計なんて関係ないですよ。
統計が効果を持つのは、統計を信じる人だけです。
なぜならあらゆる充足は統計とは無関係に、今この瞬間にあるものだから。
今ここにある充足と繋がってる人は、統計がどうだろうと、必ず願いの対象を手にれることができます。
ここら辺の認識は以下記事に記してあるので興味のある方はどうぞ♪
まんまと「年齢」の概念に縛られていると社会の誘惑にひっかかり、自分の行動が制限されてしまうことがあるんです。
「もう自分は~歳だから」とか言って落ちこむのって、死ぬほどバカらしいと思うんですよ。
その人が思ってる「~歳」なんて概念そのものが、他人が勝手に作った幻の設定なんだから。
「年齢」なんていうありもしない不足に悩んで、一喜一憂する必要はないんですよ!
「わたしもう~歳だからな~」なんて思ったら、これからはいつも思い出してください。
「あ、そうだ!年齢なんて存在しないんだった!」と。
実際にも自分を含めたこの宇宙は、毎瞬間まったく新しいものに生まれ変わっている。
1秒前の自分と今の自分はまったくの別人。
1秒前と今の自分を同じものとしているのは「思考」だけです。
連続したものなどない。
自分の意識が選択したものに沿って、すべてが新しく生まれ変わっている。
この真理に意識を向けると、年齢という概念にとらわれづらくなるでしょう。
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高齢であっても挑戦しない理由にはならない
例え今70才代~90才代の方でも同じです。
「高齢だから若い頃のようにはできないよね」、という「不足」のとらえ方をする必要がないですね。
「高齢」も、実際には存在しない概念ですよ。
年齢自体が人によって作られた設定なんだから、高齢もラベルの一つにすぎません。
「70才代はもうおじいちゃんおばあちゃんで、若者とは違う」って、社会が勝手に決めたことじゃないですか。
若者とか高齢者とか概念で枠を作らなくていいんです。
「おじいちゃんもおばあちゃんも、若者も中年も」、年齢によるラベルは人と話をする時だけ持ってればいいものです。
年齢などの概念は人とコミュニケーションをする時には役立ちますからね。
でも自分の人生を生きる時は「年齢」を不足の種にしなくていい。
「もう高齢だから若いころのようには~」という言い訳をしてしまうことで、自分で不足を作っているのです。
不足は存在しない。
だから自分が「高齢」という言い訳を作らなければ、何歳からでも挑戦することができます。
自分が「挑戦できる」という認識があれば、そのように現実は開かれていくんですよ。
とはいえ高齢だし無理なことはできないと判断すれば、それもあなたにとっての真実になります。
自分の認識が現実を作ってくので、年齢という不足の種になりやすい概念は持たない方が良いと僕は思ったのです。
高齢になると若者よりは体が動きづらくなることはあるでしょう。
でも、だからなんだというんですか?
「やりたいことをやる」ことは、年齢とは無関係にできるはず。
久々に焼き肉を食べたいから、食べるという行為はできる。
サッカーが好きだからサッカーに関連した活動をすることはできる。
彫刻家のミケランジェロは老齢になっても、彫刻を作り続けています。
ケンタッキー・フライド・チキンの創業者カーネル・サンダースは、65才を過ぎたのちに創業したそうです。
アメリカの女流画家グランマ・モーゼスは70代から本格的に絵を描きはじめ、80才の時に初めて個展をひらいたといいます。
「高齢だからもう難しい」というとらえ方も幻想ですね。
ただし高齢で体がきついのに、無理して頑張り寿命を縮めるのは良くないので、そこはご自身の体と相談して動くことが大切ですが。
最後に
年齢という概念自体がいらない。
人間は生涯、最後のその瞬間まで青春ど真ん中です!
人生は決してヒマつぶしなどではない。
生きてる毎瞬間を炎のように、何よりも熱く燃え盛って、強烈に自己を表現する!
それがこのマンガアート芸術家なのです!
あなたも今日から「年齢」なんて幻の概念をたたき捨てちゃいましょう!
最後までお読みいただきありがとうございました。
前後のエッセイ漫画は以下リンクに~
「年齢」を不足としてとらえてしまう方は、いかなる不足も存在しないことについて書いた以下の記事をご覧ください。